【2016年7月9日ついに】NPO法人日本独立作家同盟セミナー講演録『サルベージ出版に挑戦 』発売開始されました【變電社何はともあれ再起動宣言】

こんばんわ、社主”大変ご無沙汰しております“持田です。もうミドルネームに組み込んでいいくらい毎度のご無沙汰展開で恐縮です。年末年始にエンジンかけておきながら夏前まで怠けておりました!怠けきっておりました!猛省しております!猛省に慣れ親しんでおります!

ところで表題通り、昨日7月9日、前回登壇しました2016年1月30日独立作家同盟のセミナーがなんと!「講演録」として発売開始されました!何もこんな参院選の週末じゃなくとも!

7月9日遂に出てしましった!『サルベージ出版に挑戦 NPO法人日本独立作家同盟セミナー講演録』

7月9日遂に出てしまった!『サルベージ出版に挑戦 NPO法人日本独立作家同盟セミナー講演録』

なおKindleだけでなく、各電子書籍ストアで購入可能です。さすが!独立作家同盟!

群雛ポータルサイトからストア一覧あります!

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なにはともあれ、まずは、こちら第二部で登壇いただいた「マガジン航」編集発行人仲俣暁生氏、国会図書館大場利康氏、毎度熱唱殿池田”ゲバラ”敬二氏、機会いただいたNPO法人日本独立作家同盟理事長鷹野凌氏、また会場裏方で様々に働いて下さった皆々様、さらには今回セミナー冊子として作成尽力いただいた株式会社ボイジャー鎌田純子氏、編集対応いただいたトルタル兄さん古田靖氏に、深く頭を垂れて感謝いたします。このように冊子として形になりましたのも、ひとえに皆様のおかげでございます。逆にむしろ「皆様のおかげ」以外何が残ろうか!

実際こちら既に何名かの読者様から「面白かった」なんて有難いお言葉をいただいており、誠に汗顔の至りなのでありますが、僕が実際語った内容といったら、サブタイトル通りの「文学中年」が「サイバー」だけでなくとも紙も含めて「ディギング」して、とりあえず電子で「サルベージ出版に挑戦」した顛末を、前夜突貫のスライド芸に籠めて、当日は幾分のアルコールの霧で誤魔化しつつ捲し立てた「偏愛」であり、単にそれだけでありますから、実際なんてことはなく、私はこうやって生きて居るのです。御年43歳。いろいろあって禁煙しましたが最近酒量が心配です!

なおタイトルの「サルベージ出版」という言葉はボイジャー鎌田氏が散々私が節々で使っていたタームをコンパクトにまとめて變電社第二期を端的に言い表していただけました。變電社とはサルベージ出版社である。素敵じゃないですか。なんか偉そうで何様のつもりって感じです!

そんなわけで今回サルベージ出版とはなんたるか定義を試みてみようかなと。単純なパブリックドメイン出版ではないというところがポイントかもしれません。

僕が常々疑問に思っている点が、セミナーでも話したとおり、また前からもいろいろ話しているとおりに、パブリックドメイン(以後PD略)一般解釈で根強くある著名人・有名作品大好き!大文豪史観なんですが、さあ今年はこんな大御所がPDになる!ってタイトルが戦後散々にリパッケージされ再生産され続けたおかげでマーケットプレイスで1円とかで並んでいる本だったりするわけですね。

無論それらがPDとなり青空文庫のような形でデジタライズされていくことの価値はあります。「公有」という形で誰のものでもあるという状態としてオンラインで解放すること(まるで「成仏」するかのような)は正しいわけですし、それが再利用され再活性化されていくことは心から賛成です。なんですが、そのマーケットプレイスや新古書店で端金で購入できるくらい再生産され続けたタイトルは半ば「公有」みたいなもんではないのか、というと語弊ありますが、手に入りやすいという意味では簡単なお話であり、既にスキャン本含めて大量にそういったKDPにおけるPD商用利用はあるわけです。よって個人的には違う方向を試みたい。

翻って、今回著作集を出させていただいた「野川隆」で考えてみます。その前にまず認識を新たにしていただきたいのは、野川隆とは完全に忘れ去られた作家であったわけではありません。にもかかわらずほぼ読めません。

戦後『昭和文学盛衰史』で高見順が深い鎮魂の念を持って触れたのを皮切りに、大岡昇平・平野謙は野川隆との思い出を語り、江口渙もプロレタリア作家同盟を振り返る回想録の中で「後世に語り伝えねばならない」と結構な分量を割いて『戦旗』非合法時代の野川について語り、また『ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム』盟友北園克衛も野川「SFポエム」の業績を語り、稲垣足穂も

私のロバチェフスキー空間も実は野川によって教えられたのである。
 ソヴィエトのルーニク3号が初めてもたらした月の裏面の写真にソヴィエツキー山脈の左側に「ロバチェフスキー」という地名があたえられている。でも、これに先立つ約四十年前、カザン大学の総長であり、非ユークリッド幾何學の大立者でもある人の名を、日本文学の中に取り入れたのは野川隆君であることを諸君に銘記してもらいたい。

——稲垣足穂『「GGPG」の思い出』

と語られるところの野川隆です。また『作文』という同人誌で戦後初めて「野川隆記念号」が組まれたのですが、野川渡満前の盟友たる壺井繁治がこう書いてます。

野川隆は四十四才で死んでおり、今日から見れば実に若死にであるが、早くから詩や評論を書きつづけていたので、相当の量を書いているようにわたしは思われる。詩集として刊行されているものは前記の『九篇詩集』一冊だけだが、何とかして彼の全業績をまとめる時期にきているのではなかろうか。それが完成されれば、モダニズム詩人、アバンギャルド詩人として出発し、アナキズムを経てコミュニスト詩人となった彼の仕事の中から、いろいろと面白い、現代にもじゅうぶん示唆する問題が引き出されるのではなからろうかたとえば「芸術の革命」と「革命の芸術」との関連、その統一的形成の問題は、今日、なおじゅうぶんに解決された問題とはいえぬが野川の全業績があきらかにされれば、この問題についても一つの回答があたえられるかもしれぬという期待がわたしにはもたれる。(一九七四年一月二十三日)

——壺井繁治「野川隆の思い出」『作文』1974(昭和49)年4月

この文章の日付見てのとおり1974年ですから今から42年前です。折に触れて一部では思い出され偲ばれていた野川隆とその作品でありましたが、この42年間、誰も纏めてこなかった。いや42年どころではなく、つまり戦後71年、野川隆の作品はほぼ読めなかった。

理由はなにか。端的に、その作品のほとんどが雑誌(同人誌含む)掲載物しかなく、野川隆は生前、作品集としての本が出版されていないからです。前衛期に戦前朝鮮半島で新興詩人集という形でいくつか収録されて(こちら半島在住の希有な野川隆ファンのお友達から情報いただき感謝しております!)いる他は、芥川賞候補作たる「狗寶」が収録された『満洲国各民族創作選集』、また「幻の詩集」とも言われる『九篇詩集』を私家版として少部数を満洲で発行し、それを中野重治が所持していたおかげで1952年創元社刊行『日本詩人全集』第7巻にそのうちの数編が収録されたくらいです。つまり戦前円本、戦後文学全集のように日本国内で作品集を編まれたことは一度もない。戦後新日本出版社で編纂された『日本プロレタリア文学集』全40巻+別巻『日本プロレタリア文学評論集』全7巻にも驚くことに1作品すら収録もされていません。アバンギャルド期の野川に関してはそれこそ僕の知る限りで、1957年に遠地輝武『現代詩の体験』(酒井書店)で1925年8月『世界詩人』第1號に掲載された「甲殻類建築」が部分収録されているのみ。

ようやく90年代に旧帝国植民地たる「外地」文学研究がすすみ、野川隆の渡満後の作品に関しては評論(例えば川村湊『満洲崩壊「大東亜文学」と作家たち』文藝春秋1997)の中で読めるようになる。そして2000年代に入ってから、渡満後作品は複写によるアンソロジー『日本植民地文学精選集 満洲編』(ゆまに書房2001)に収録されました。そして2000年代後半になってようやく戦前の様々な詩誌が、ゆまに書房、不二出版各社で、復刊復刻(高価)を開始してくれたこと、そして同じく2000年代に国立国会図書館デジタルコレクションなどのデジタルアーカイブで戦前の雑誌を閲覧できる環境が整ったことで、国会図書館・都立図書館・大学図書館でこの「野川隆」という人の大正期新興美術運動前衛詩運動まっただ中の作品も、素人でも掘り返すことができる環境が整ったわけです。だから実は私みたいな人間にしてみると、極めて「現代作家」なんですね。だって最近読んだんですから。こう言うと頗る語弊がありますが、何も生きている作家だけが現代作家ではありますまい。

であらばと、我「文学中年」ですから、ほじほじほじほじほじくり返しに行くわけです。またこれらパブリックドメインなんで大手を振って複写依頼して持ち帰っていいわけですから、原始的なプリントオンデマンド!なんつうて一人ほくほく顔しているわけですね。もっともそう簡単に読めるものではないブツですし、誰もが知る作家というわけでもありませんから、結果、僕一人の楽しみで終わる袋小路なわけです。どこかしらの奇特な版元さんが野川隆集を出してくれないかななんて思っても、この手間ばかりかかり、とくに現代注目集めている作家でもない作品で売れる見込みも立つもんでないわけですから、そう簡単に出すわけない。だったら我が初編纂して出版してしまえばいいじゃないか。

そういうわけで、變電社が野川隆の前期「モダニズム詩人、アバンギャルド詩人として出発し、アナキズムを経てコミュニスト詩人」までを拾遺して今回勝手に纏めて出しました。これ改めて強調しておきますが戦後・戦前通して初編纂です。

2016年1月27日amazonKDPにて變電叢書『野川隆著作集1』刊行開始です!

さる2016年1月27日amazonKDPにて變電叢書『野川隆著作集1』刊行開始!

そして今回ちゃんとEPUB化してまあ正字体のファイルで無茶をやったわけです。外字なんか使って。無論、變電社技術工作隊の皆さんのご支援や、でんでんコンバーターという最強ツール、またそもそもでKDPという電子書籍プラットフォームもあって、僕みたいな素人でもなんとか出せました。

この展開は大きいと我ながら思うわけです。なぜなら出版社に全てを委ねて待つ必要がないのだと僕自身が理解できたということです。だからナマを言うと、こういうことを各学会やら研究者がやってくれたらいいんじゃないのかと素で思っていたりもします。今後ますますこの手のものが出版社からは出てこなくなるだろうからです。

よってまとめますと、變電社が考えるサルベージ出版の勘所は三点です。

  • 戦後出版で再生産され尽くしたものは他の個人・団体に任せたい。
  • そのわりに何故か人気なくデジタル化されることがない不幸な「よい作品」は變電叢書で出したい。
  • また今まで本の形として編纂されていない雑誌掲載作品などは今後も中心に掘りたい。

そしてもう一つ追加しますと、実は一番重要で実はここを一番進めたい領域なのですが、

  • パブリックドメインに限らずオーファンワークスまでをも対象としたい。

つまりパブリックドメインは結果であり、手続きの手間がかからないってだけのラッキーアイテムとし、必要ならば調査・吟味・著作権者捜査、手続きの手間を掛けても、出す。実はパブリックドメインではない作品をどうにも再出版したくなり探り出した著作権継承者と面会してきた件がこの春にあったのですが、諸事情により電子書籍化は無理という結果になりました(だけど紙ならいいよという話に落ち着き、現在調整中です)。

といったわけで、現在いくつか改めて上記3ルールでもって改めてのサルベージ出版を鋭意企画中です。その前に野川隆中期・後記評伝もまとめていかねばであります。また兄の野川孟に関しての事後調査が進んでおり、新事実実と「評伝」更新を実行します。Coming Soon!

さて本日世間では悲喜交々の参院選祭りの日に更新いたしましたが、引き続き變電社ご愛顧たまわらんことよろしくお願い申し上げます!

變電社 社主 持田 泰

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