『赤い星』ボグダノフ
『赤い星』(頁数167)
シリーズ名:社会小説叢書
著者:ボグダノフ 訳者:大宅壮一
発行日:大正15年(1925) 出版社:新潮社
国立国会図書館デジタル化資料「近代デジタルライブラリー」
さてでは昨晩イベントスライドでレビューさせていただいた本作をアップしてまいります。
つい先日オランダのよくわからない非営利団体が2023年に火星移住計画を発表したり、日本ではゴキブリに火星を「地球化」させたら大変なことになっちゃってる漫画がスマッシュヒットを飛ばしていたりと今年も火星の話題に事欠きませんが、本作も戦前の火星小説であり、あの大宅壮一が戦前に翻訳していたロシアSFです。
歴史から紐解けば、火星は地球から語られるために周回しているかのような太陽系第四惑星で、SFジャンルだけでもウェルズ、ブラッドベリ、ハイライン、ディック、海野十三、谷甲州、川又千秋、萩尾望都などなど、古今東西の様々な作家・漫画家らのインスピレーションの源でありました。「青い星」地球からみた「赤い星」火星は、昔のフィルムカメラで言うところのネガとポジの関係にあたるのやもしれません。
本作もまさしくネガからみたポジでありますが、「赤い星」火星が、理想の社会主義国家体制の星であり、帝政ロシア末期の革命家レンニーが火星人に連れ去られるという冷静に考えてみると相応に「ぶっ飛んだ」設定です。その理想国家惑星見聞録『ユートピアだより』でもありますが、来るべき未来像を高らかに歌い上げているモリス的な「タイムスリップもの」というわけではありません。
一労働者として火星人のハイスペック能力について行けない地球人の暗い情念や、思弁的な火星人が地球を侵略するか否かで論戦(ロシア文学伝統)を繰り広げたりして、毒ガス兵器とレーザ光線で暴れすぎて風邪をひくタコと訳が違います。彼等は極めて知的でかつ良心的に描かれており、眼が大きく頭の大きな容姿ですがあの「リトルグレイ」ほど極端ではなく、なぜなら人間に変装が出来るレベルであり、火星人女医と地球人レンニーとの間に恋ば芽生えるくらいなので、僕が勝手に可愛いと想像してます。きっとそんなに目立つ子じゃないけど近くに居たら気の効く気だてのいい娘で惚れてしまやろな女子です。逢いたいと思います。
驚いたのは、火星人がこんなことまで語ります。
「彼ら(地球人)は既にラジウムを放出する物質を知っています。それとも彼等の學者が自分で發見するか、どっちか出来ないことはないでしょう。諸君もすべて御存知の通り、かういふ武器を用ひる際は、一分でも敵に先んじて襲撃すれば無造作に敵を塵(みなごろし)にすることが出來ます。」
キュリー夫妻のラジウム発見(1898)からたかだか10年で「核兵器」による先制攻撃論ですから驚くじゃありませんか。当時でこれくらい見越していたもんなんですかね。なお石原莞爾の決戦兵器による『最終戦争論』の34年前です。
本作はいろいろ調べてみると「本邦初訳のソ連SF」と言うふれこみもないわけではないのですが、日本に紹介されたのは1926年なので、確かにソ連建国(1922年)以後ではあるんですが、原作自体は1908年発表ですから、1905年「血の日曜日事件」を発端としたロシア第一革命後の混乱期なので、厳密には戦前ロシアSFですね。例えばソ連時代にチェホフを「ソ連文学」とは呼ばなかったと思います。
ただしこのボグダノフは小説家であるだけでなく医学者でありボルシェヴィキのナンバー2でありレーニン最大のライバルであった革命家・哲学者アレクサンドル・ボグダーノフその人でありますから、これはもう「赤い」ソ連SFだと考えても問題ないでしょう。もしかすると本作を読んでいたかもしれない兵士・労働者らが、血を流しながら1917年2月10月の二つの革命と内戦の先頭に立ってソビエト社会主義共和国連邦を成立させたと考えると、翻った赤旗に理想国家火星の真っ赤な大地を見るようでないかと。そう。火星から帰還した主人公レンニーも内戦に身を投じていきます。
Wikpediaによれば著者ボグダノフ(ボグダーノフ)も随分と数奇な人生を歩んでいるようで、革命期ロシアでの様々政闘に明け暮れた後は、アンチエイジング治療としての 自分の血液を全て入れ替えるという輸血術実験で命落としたらしく、戦前スラブ民族の「破天荒」さをまざまざと思い知った次第です。
さて、面白いものばかり取り上げすぎて、評価として変わりばえがありませんが!
今回もやはり!
★★★★★(星5つ)
社主代理:持田泰
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